ブレトンウッズ体制

第二次世界大戦末期の1944年、アメリカのニューハンプシャー州にあるブレトンウッズという町で、連合国通貨金融会議が開かれました。この会議には第二次世界大戦により疲弊してしまった世界経済の復活や、ブロック経済のような保護主義の再びの台頭を防ぐなど様々な目的があったようですが、今振り返ってみると為替相場にとっての重要な転換点になっています。この会議で締結された規約はブレトンウッズ規定と呼ばれ、これ以降の為替相場の体制はブレトンウッズ体制と呼ばれています。

第二次世界大戦中は管理通貨制度が採用されており、各国が自由に自国の通貨をコントロールしていました。ブレトンウッズ規定では第一次世界大戦以前までの主流であった金本位制が採用されましたが、それまでと違うのは米ドルに対してのみ「金1オンス=35ドル」という交換比率が採用されたことです。米ドル以外の通貨に対しては、米ドルに対する固定相場になりました。いわゆる「1ドル=360円」の固定為替が決定されたのもこのときです。


為替相場が米ドルに対する固定相場になったことで、それまで以上に自由貿易が活発になり、イギリスなどのヨーロッパ諸国、アジアでは日本が人類史上になかった程の高度経済成長を実現しました。ブレトンウッズ体制が20世紀の経済成長の基盤を作ったと言ってもいいでしょう。ブレトンウッズ体制は1970年代初頭まで、約30年間に渡って続くことになります。